「桜の花の紅茶王子」山田南平 感想⑤

「桜の花の紅茶王子」山田南平 感想⑤

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13巻(完結)

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表紙は吉乃とサクラ! 間近で微笑み合う二人。ハッピーエンドを暗示させてくれますが、二人が選び取った結末は果たして……⁈

この巻には手書きの前書きがあります。実は職場の休憩時間に(待ちきれずに)読んでて、「それ前書きあるの? 珍しいね」って言われたんですが、最終巻ということと、別花が休刊ってことと合わせて先生が感じたことを読者に伝えてくれて嬉しかったです。ネットまでは追いかけてない読者にも親切。
※ 今先生のブログを拝見してみたんですが、紅茶王子二つのシリーズを通しての完結であると書いてありました。全て描き切ったという心境だそうです。他にカラー絵や裏話がいっぱいあって面白かったです。

杏梨といたコンビニに車が突っ込んできて、血だらけで倒れているサクラーーという衝撃的な場面から始まります。
図書館では吉乃が落ち着かない様子で、サクラと話し合うと決めた放課後を待っています。薫と紅牡丹、それに松浦先生が一緒にいて吉乃と話をします。この松浦先生、昼行灯キャラなのに結構存在感があってどんな風に物語に絡んでくるんだろうと思ってたんですが、いつもいい感じに外側の意見を出してくれるんですよね。
ひとりの人の全存在を忘れ去るってどういうこと? 確かにいたはずの人が最初からいなかったことになんてどうやって?
いくら頭で考えてもまるで実感が伴わない吉乃に、別れは案外と簡単ですぐそばにあるものだけど、若いきみらにはまだわからないよね、と先生。

誰もが自分の周りにいるすべての人間と
いつか必ず別れることになっているのだ
大抵は何気ない会話のあとで               「PALM」31 Art of spider

吉乃は母を亡くしていて、思い出も持っていませんが、それで母という存在が消えてなくなったわけではありません。父の中に母がいますし、写真や形見の品、母を覚えている人々を通じて母に出会うことが可能です。
でも奈子は「記憶がすり替わる」と言いました。
思い出すという胸の痛みを伴う行為がなければ寂しさも何もない。──けれど、
「ほんとはあんたのそばにもいたかもしれないじゃん」
薫が紅に発想の転換を提示します。
カタストロフィが起きるのではなく、こっちが忘れてしまったとしても、やさしく寄り添ってくれている誰かが何かがあるかもしれない──
それが自分の抱えている違和感を言い当てているようで、紅は黙ってしまうのでした。

そして奈子を通じサクラが事故に巻き込まれたことを聞いた吉乃、病院に向かうタクシーの中で涙を流します。サクラが元気に生きていてくれるなら、全部忘れてしまってもいい。サクラを忘れないことで所有し続けることが大切なんじゃなかったのに……
結果として、サクラの怪我は打撲とガラスで切った傷。杏梨はまったくの無傷でした。とっさの魔法で杏梨だけは守ったと。
病院の屋上で、二人きりで話をすることに。吉乃はやっぱりサクラを忘れたくないと。サクラがみんなに忘れられてひとりぼっちなんて死んじゃうのと一緒だよ。そんなの私が辛くて耐えられないと。
人間って本当に欲張りです。矛盾の塊です。さっき何もいらないと願った同じ心で全てを失いたくないと思うのです。
サクラは、吉乃を傷付けたくないと。ずっとそう思っていたつもりだったけれど、自分がどう行動しても吉乃は泣く。それほど必要とされていて、愛されているとやっとわかった。
「吉乃に甘えたい」
こめかみへのキスに驚く吉乃をとらえて、ついに二人の唇が重なります。「しないって」サクラが言ったのに! と真っ赤な顔で押し戻そうとしてくる吉乃が可愛くてたまらないように笑って、「もういいんだ、決めたから。大丈夫」とサクラにとって最上級の愛の言葉を。
「人間にはならない」──それがサクラの選択でした。
吉乃の記憶。吉乃を形作る一部分でも奪いたくない。だから俺は生きている限り絶対に人間にはならないから、吉乃が俺を忘れることはない。俺は永遠に吉乃に所有されたままでいられる。
死ぬかもしれないと思った時後悔した。もっと何度も好きだと言って、抱きしめればよかった。もっと何もかもをよく見ておけばよかったと。
別れなきゃいけなくなるまで吉乃と一緒にいたい。最後がどんなに辛いとしても、それまでは笑って生きることが出来るはずだ。俺と幸せになってくれ。
そんな風に言われて嫌って言える人がいる? と吉乃はサクラに賛同します。
ただのひとりの少女である自分をサクラが最大限に尊重してくれる。かけがえのない存在として……。自分も同じようにしなければいけない。サクラが紅茶王子であること、わたしだけのものでないことを忘れずにいよう。 サクラの一部分でも奪ってはいけないのだと。

丸く収まって説明を受けた後の健太と奈緒の会話最高ですね! 自分のこともっと大事にしろとか、奈緒マジ男前! 惚れる……つーか健太惚れろ(笑)。
吉乃とサクラの箍の外れたいちゃつきっぷりも微笑ましいというかなんというか。
「俺は吉乃を大切にするよ」酔っ払いのセリフのようですが、幸福に酔っちゃっているサクラの言うことですから。日々の暮らしを大切にして俺は吉乃の一部になる──死ぬ時に持って行ってくれ。その頃には俺の一部は吉乃になってるから大丈夫。

アッサムと奈子は二人の選択を受けて、自分たちの過去について思いを馳せます。
サクラ達は「何も棄てずに幸せになれる方法」を見つけたけれど、俺はやっぱり奈子と一緒に生きて死にたかった。飼い猫を愛するあまり自分も猫になるという人間がいれば俺でも驚くと思うけど、猫になった振りだけでは駄目なんだ。はたから見てどんなに奇妙でも本物になることだけが俺の真実だったんだ。自分だけでなく周りにも犠牲を払わせてしまったが、俺はやっぱり後悔はしていない。

男子会は意外で楽しかった!
「できたら敬語もやめてくれ」
「──すまない、それほど親しかったんだな」

「どーりで何度やっても俺のとこにはこねー筈だよ!」
『なにあんた試してたの⁈ 一人で⁈』

言葉にならない違和感や喪失感、胸の痛み、寂しさ。種明かしされても記憶が戻るわけじゃないが、元々全てを覚えていられるように人間の脳は出来ていない。新しい思い出を作っていこう、今一緒にいるんだから。
ずっと会いたいと切望してたアッサムの紅茶王子が家にいたことを「青い鳥」かよ、アホくさ……って照れている健太がかわいい。あんたが紅茶王子でも義理の兄貴でも赤の他人でもずっと一緒にいたら好きになるだろ。あんた奈子を幸せにしてくれてるし、第一いい奴だろ……。
この男子会はサクラと吉乃の気持ちが通じ合う場面より感動したかも( ̄▽ ̄)

時が過ぎ吉乃は大学生に。薫はまだ二つ目の願いを叶えてもらったところ。
そしてさらに時間が飛んで高校生の杏梨の頭の上にジョルジが。仲よさそう。そして奈緒と健太がずーーっと一緒に例の儀式を行っていることが判明。それなんて満月の夜のラブラブピクニック。アールグレイの出現に、健太二十年越しの男泣き。
吉乃とサクラは連れ立って小学校の入学式に参加していて……。

結局サクラと吉乃は内縁関係のまま、生前には三つ目の願い事を叶えることもなくただずっと一緒に寄り添って生きていたということでした。吉乃の死後、紅茶王子の国に戻ったサクラを迎えるのはジョルジと紅。
自分はもう幸福すぎる人生を生き切ったから後は余生なんだと涙を流すサクラを、そういう生き方もあっていいさと受け止め慰める仲間たち。
そして最後には愛の環の中で、新しい、でも懐かしい出会いを果たし、サクラはまた新たな涙を流すのでした。

しょっ中人間界に呼び出されているように感じる紅茶王子ですが、紅茶の国にみんなが揃っていることもあるんだなーという番外編付き。
サクラと吉乃は──王子様とお姫様は、自分たちで選んだ道を、お互いに対する敬意と思いやりを持って大切に生きて幸福になったんだと。忘れても忘れなくてもどっちでもいい。二人で貫き通した幻想だから真実になった──というハッピーエンドでした。
きれいに終わりましたね! 一葉のビジュアルも可愛かったし、二人の愛の形を最後まで書き切ってくれたことで納得のいく終わり方になっていると思います。
素敵な物語をありがとうございました!

以下は、蛇足。
納得のいかない部分など。
ご選択の上お読みください(^^)

紅の「幾度でも……」に表されているように、また同じようなことがあるのではないかな? と思わせてしまうのは少女漫画的に微妙かも! 八重の時もぷち自殺未遂とかしてるし、その思い込みの強さが「吉乃だけは特別」感を薄れさせているのですよね……。吉乃は満足したからもういいよーって言ってるけど、読者はアッサムが示したような衝動的だけど唯一無二の愛が見たいんだよねやっぱりおとぎ話だから!
杏梨がジョルジを呼び出したことによって、奈緒とジョルジが再会してるのも同じ理由でちょっと微妙〜。健太も青い鳥はおうちにいたのにさらにかよ欲張りだな!と。
一生忘れないって言ってるのに、そのことが奇跡のような類まれな出来事でなく、何度も起こってしまっているのが、ちょっと価値をさげている気がします。
あと「養女をもらった」。おそらく平成も終わっている時代に、子どもくれる親戚なんているのかっていう……。しかも物心ついてからかよ! 何か不幸があったっていう設定があるのかもしれないけど不自然だよ! しかもそのために吉乃が人生に払った犠牲はほぼなく、いかにも平穏に幸せに暮らしたっていうのが……まあ最後の語り部も必要だし、難しいところですが……。
引っかかるのはそんなところでしょうか。でも前作を踏まえた上での完結編ですから難しいところも多々あると思います。

13巻はたくさんの名台詞もあり、読者サービスもありました。
真吾と久美子シリーズの番外編、「プラスティック・チェリー」にありましたね。「読者の予想を裏切るのはいい作家だけど、読者の期待を裏切るのはダメな作家だよ」と。
まさにその「プラスティック・チェリー」という作品でキャロル大好きだった自分の期待は無残にも裏切られ、もう先生の作品には何も期待しない……と思ったこともありました。
でも桜王子に最後まで付き合うことが出来たのは幸せでした! 本当に楽しい時間でした。ありがとうございます。

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