「チェルノブイリの祈り」感想

  • 2018.08.06
「チェルノブイリの祈り」感想


おはようございます! 今日は原爆の日なので、広島っ子としてこの本について書いてみようと思います。
先日買った「10代のためのYAガイドブック150!」の2(金原先生監修)で紹介されていた、というのもあります。こちらの本は2011年以降に刊行された本から選んだ中学生以上に向けたガイドブック。絵本のガイドは数多いですがYA限定のものは貴重なので買ってみましたが、充実していてとても良かったです。この年代向けの本はわかりやすくて筋立ても面白いものが多いので好きです。
さて一分間の黙祷も終わりました。

「チェルノブイリの祈り 未来の物語」スベトラーナ・アレクシエービッチ

この本は最初と最後の方に「孤独な人間の声」という同じタイトルの章があり、短いものなのでその二つを読むだけでも全容がわかると思います。「1986年の巨大原発事故に遭遇した人々の悲しみと衝撃」ーー岩波現代文庫の背表紙から。「普通の人々が黙してきたことを」聞き取ったドキュメントです。
著者の他の本と同じく、平易な文体で短章の連なりなのでどこから読んでもいいのですが、最初の「孤独な人間の声」のインパクトがすごいです。
「なにをお話しすればいいのかわかりません。死について、それとも愛について? それとも、これは同じことなんでしょうか。なんについてでしょう?」
自分が本当に話したいことをわかっている人なんてあまりいないと思います。それを考えると素晴らしい書き出し!
リュドミーラの夫ワーシャは消防士で、二人は結婚したばかりでした。夜中に空一面が光っていて、発電所が火事だと言って出かけた夫は家に帰って来ない。ベラルーシからモスクワへと移送された夫を妻は追いかけていきます。
夫のいる病室は壁ですら針の振り切れるほどの放射能です。看護婦も付き添いを止めようとします、「あなた若いのよ、なんてことをいいだすの? ご主人は人間じゃないの、原子炉なのよ。いっしょに死んじゃうわよ」。
でも誰もが恐れつつも彼女の意思を尊重して親切にしてくれました。「一分一秒が惜しかった。ほんの一分でも惜しかった……」自分がどんなに夫を愛しているかもわからず、ただ夢中に夫を求める彼女に。
亜鉛の棺に入れられた夫、肝硬変と心臓の欠陥で生まれて四時間後に亡くなった娘。生き続けるために、ある男性に正直な気持ちを打ち明けて生んだ、たった一つの生きがいである息子。
「夢をみました。……ワーシャの夢もみました。白い服をきてナターシャ、まだ生まれていない娘のナターシャを呼んでいます。もう娘は大きくなっていました。夫は娘を天井に向かって放りあげては、ふたりで笑っている。私はふたりを見ながら思います、幸せってこんなに単純なものなのね。彼と水辺を歩いている夢もみました。いつまでもいつまでも歩いていた。……」
陽光にきらめく水面を眺めながら、心地よい風を体に受けて、一緒にいたい誰かとゆっくりと目的もなく歩いている。普遍的な幸せのイメージの究極がこの一文に集約されているように感じました。
色々と悲惨な、悲しいことが書かれていますが、この章は本当に結びも素晴らしいんです。
「……だれも彼らの話を真剣に聞いてみようとしません。私たちが体験したことや、死については、人々は耳を傾けるのをいやがる。恐ろしいことについては。
でも……、私があなたにお話ししたのは愛について。私がどんなに愛していたか、お話ししたんです。」
松本妙子さんの翻訳がとてもいいと思うんですが、原文では一体どんな風に書かれているんでしょうね……ありふれて聞き慣れた言葉だけで、全く見たこともないような世界を創り上げているんですから、聞き書きの記録であるとともに文学なんですね。松本さんが初めにロシアの新聞で一部(「私とっても幸せだったの」巻末に載っているワレンチナの話?)を目にした時「異彩を放っている」と落ち着かない気持ちになったというのも頷けます。
また広河隆一氏の解説もいいです。「もっとも非人間的な時間の描写(放射能が生きている内から体を崩壊させていく、その死へと向かう過酷な過程)で見えてくるのが、驚くべきことに人間の尊厳」であるが、それは語り手の「リュドミーラの力だけではないことは、私にはわかる」。なぜなら氏自身も昔彼女に直接話を聞く機会があり、「私が書き留めた言葉は、アレクシエービッチのそれとはまったく違っていた」。この部分が衝撃でした。もちろん同じ言語を話すこと、同国人・同性であることなど前提条件が違うことを加味しても、ドキュメンタリー・ノンフィクションノベルもその著者だからこそ書き得る表現・作品なのだということを実感しました。

色々な立場の人の話があり、内戦から逃れてあえて汚染された土地に住むという人、神よりも放射能よりも人間が恐ろしいという人。英雄的なことがしたかった、と汚染処理に従事した兵士、「恐怖と同時に押さえがたい好奇心があった」と。伝染病予防に犬猫を殺すよう命令が出たが、誰にも弾が残っていないため穴に突き落とし……。
「子どもを生む罪。こんな罪が誰にふりかかるのか、あなたはご存知じゃありませんか? こんなことば、以前は聞いたこともありませんでした。」
隣り合う村々を補償金の支払いのために選別する側の環境保護監督官は、歴史の犯罪や陰謀に手を貸していたのは「私たち全員」だと自覚する。「恐ろしいことは静かにさりげなく起きる」風が畑から畑へと汚染物資を運んでいる、明快な境界などあるわけのないことはわかっていたのに、飼料の問題は自分の仕事ではないと自分に言い訳して……「人間は、私が思っていた以上に悪者だったんです。私もです。自分自身についても、今ではわかっているんです。」
がんにかかっている物理学者は過去を振り返る。十分行き渡るほどのヨウ素剤があったのに、倉庫に眠ったままだった。大変なことは何も起きていないという国家の面子のために、誰も自分では何もしようとしなかった。指導者たちは自分たちの安全を確保していたという公然の秘密……。
「時とともに多くのことが忘れ去られ、永久に消えてしまう」。
映画カメラマンはチェルノブイリを撮影しました。「ぼくらの芸術は人間の苦悩と愛に関することだけで、すべての生き物のことじゃない。人間のことだけなんです。ぼくらは動物や植物のところ、このもうひとつの世界におりていこうとしない。なのに、人間はあらゆる生き物にむかってチェルノブイリをふりあげてしまったんです。」
最後の「孤独な人間の声」の語り手ワレンチナも夫と海に行ったことを「本当に幸せだったの」と語ります。「ずーっと海なの、空みたいに、もうまっ青。そしてとなりに、彼。」
彼女の家でお茶を飲み、話を聞き、飾られている写真を見……暇乞いをしようとしたアレクシエービッチを、まだ全部は話していないからと彼女は引き止め、秘密を打ち明けるのです。何が自分を救ってくれたのか……。

副題の「未来の物語」とは、チェルノブイリの事故でそれまでのひとつの時代が終わり、別の時代へと移り変わったそのこと、誰にとっても新しい現実を指しています。
「しかし、人はなにを話すときにも、自分というものを同時に出してしまうものです。私たちはいったい何者なんでしょうか?」
単純な幸せを欲しながらも、自ら望んで複雑に生きずにはいられない……「なんのための苦しみなんでしょう?」未来でその答えは見つかるのでしょうか。重い物語です。

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