「とりかえ・ばや」episode57.心鬼(こころのおに)
うららかな秋の昼下がり、お付きの女房三人を連れて渡殿を行く沙羅に、少しよろしいですかーーと梅壺の女房が声をかけます。
すかさず沙羅をかばう忠実な女房たち。この三人組、単純でかわいい(^^)
我が主が尚侍にお尋ねしたいことがあり待っているので来ていただけませんか?
藪から棒な提案に戸惑いつつ、無碍にも出来ぬと、
「…はあ。いつ頃参れば?」と訊ね返した沙羅に対する答えは、
「只今」
という有無を言わさぬもの。
はしためでもあるまいし、今の今とは! 無礼ではありませぬか、「帝の尚侍」に!
とお付きの女房たちが色めき立ちますが、
ーーあちらは「帝の女御」だからなあ、と承知する沙羅。
しかも、お二人のみでの語らいを希望なのでここから先は尚侍さまだけ、と制されてあからさまに不満を表す女房たち。
「ここで待っていよ」と沙羅ににこやかに言われて我慢します。
沙羅の女房たちは新たに雇った新人でまだ年若く賑やか、対する梅壺の女房はベテランで海千山千といった風格。前座は梅壺の女房に軍配が上がった形で、もうこれだけでわくわくしますが……?
(梅壺に入るのは初めてだ)
と平常心で足を踏み入れた沙羅が目を見開いたコマで終わり……ページをめくるとそこには異様な光景が。
衣桁に掛けられたあまたの表着が、辛うじて通路は残して、視界一面に飛び込んで来ます。艶やかに美しい衣の海の中に紛れ混んでしまったように、圧倒される沙羅の先に立って、何事もないように奥へ通って訪いを告げる女房。
梅壺の女御その人も、着物の波の中に悠然と座っていますーー身分のある相手を呼びつけるにふさわしい状態ではないのは火を見るよりも明らか。
「尚侍、参上いたしました」
しずしずと頭を下げる沙羅と梅壺が向かい合い、ついにファイト開始です!
「虫干しですか?」
「私は虫が嫌いなのじゃ。虫に食われたら最後、みな侍女に…焼かせる。虫ごとな」
「ーーもったいない」
「他の者に渡すより良い」
美しい絹は主上、虫は沙羅。妖艶な微笑でジャブを繰り出す梅壺の女御。しかし虫を駆除したところで、美しい衣ーー初めて連れ添った相手としての主上の情(愛ではない)を失えば、何もかもを失ってしまうのは自分だという視点がすっぽり抜け落ちてますねえ。
「私に尋ねたきこと」とは?
「『確かめたきこと』じゃ。ーーやれ」
悪役そのものの梅壺の合図を皮切りに、衣の陰からぞろぞろと女房たちが出て来て、沙羅に迫ります!
床に沙羅を押し倒し、衣を脱がせて肩をあらわにするよう指示する梅壺!
「弓矢の跡があるはずじゃ!」
「ありませぬ!」
必死で抵抗する沙羅は、昔取った杵柄で、衣桁を思い切り蹴り倒し、女房たちに悲鳴を上げさせ気をそらします。何事?と扉の外でもにわかに慌ただしくなります。
「帝の尚侍にこのような仕打ち…」
あなたにそんな権限はありません!
沙羅ほどの剛の者wでもなりふり構わず身を守らねばならないのですから、高貴な方同士のキャットファイト恐ろし〜! そりゃ後ろ盾のない心優しい女性なら、身体を壊して早生することもありますわな……。
「主上がお聞き入れにならぬのならば、この手でやるまでじゃ!」
全ては梅壺の独断・先走りかと思いきや、主上に肩の傷を確かめて疑惑を暴くよう進言したと!
それを知ってずかずかと迫り来る沙羅に、すっかり腰の引けている梅壺。一騎打ちの経験なんて皆無だろうからそりゃそうですw
主上がこのことを知ってしまったーーそのことで、沙羅の怒りに火が付きます。
「主上は昨夜お確かめになった。夜の御殿で」
すらすらと沙羅の口から嘘が出て来ます。まるでまことのように。
「白く…美しい肩だと仰せられた」
「偽りを申すな! 主上はそのようなこと仰せられぬ!」
その程度の睦言も、久しく囁かれたことがないという梅壺の悲痛な否定に対して、
「私には仰せられるのです!」
と勝ち誇ったように言い切る沙羅の、本当にそうならどんなにいいかという、夢。
追い詰められて涙を浮かべる梅壺を、最後まで勝気に睨む沙羅。よく頑張った!相手は大事な着物でも虫が付いたらいらないっというような女性なんだから、主上のためにもお灸を据えてやらないといけません!
しかしなんともまあ、虚しい戦い……その時局に踏み込んで来たのは右大将ーー睡蓮でした。
辺りの惨状に女房たちも気まずい顔をする中、睡蓮は強引に沙羅を連れ去ります。
沙羅のお付きの女房たちが睡蓮を呼んで来てくれたんですね。グッジョブ!
二人きりで訪れたのは、いつも思い悩む人々が訪れる釣殿。端っこだから人が来なくてちょうどいいんでしょうね。
梅壺の告げ口という新事実にも驚かない睡蓮、東宮さまの文ですでにそのことを知っていました……。
そして主上も、「知っておられるのだ、すでに」。
池に光が反射して、逆光の沙羅の目にもきらきらと映ります。眩しくて目を開けていられないほどに。涙が自然に溢れてくるように。
「主上は私が嘘つきだと…」
ずっと長いこと尊敬を捧げ、身を尽くしてお仕えし、あの方に相応しい自分でありたいと願ってきたのに、軽蔑の対象でしかない……でもそれが自分の正体で、受けるべき罰なのだ。その高潔さを愛したのだから、それでいい……。
身を震わせて顔を覆った沙羅を、もらい泣きの睡蓮がやさしく包みます。
「そんなに主上のことを… 」
どんな事態を迎えても、愛する気持ちは止められない。二人とも今までもそうだったし、これからもそれは同じなのです。
今こそ出家をするという手もあるよ。二人で全ての責を負おう。左大臣家には累が及ばないように。父上にだけは主上を守ってもらわないと……。
真剣にそう訴える睡蓮ですが、都が荒れている不安、主上や東宮に禍が降りかかった時に、自分の力で守りたい……という葛藤が透けて見えます。
その言葉に沙羅は目が覚めたように、泣き止みます。
睡蓮の言う通り、身を引いては敵の思う壺だ。処遇は全て主上に一任して、出て行けと言われるまでここにいよう。
「お慕いする方と結ばれなくていい」
自分の役目を全うしよう。出家するのはそれからだ。
「今はまだその時じゃない」
手を取り合い、寄り添って座る美しい兄妹が水面に映ります。立場を取り替えた時の子どもだった自分たち、懐かしいその姿とは永遠の別れです。
沙羅がついに主上への思慕をはっきりと口にした、なんとも泣ける回でした〜。梅壺様はこれでおとなしくなってくれるのでしょうか?!