「繕い裁つ人」6巻(完結) 池辺 葵 感想

[amazonjs asin=”4063771156″ locale=”JP” title=”繕い裁つ人(6)<完> (KCデラックス Kiss)”]

2009年から6年を経て、ついに完結です。
掲載誌のキスプラスが休刊しても、そのままリニューアル後のハツキスに移行し、映画の公開前に無事最終回を迎えました。
一巻の頃は頑固な市江さんにイライラして、書き込みの少ない画面もすかすかに感じたし、間口の狭い作品だと思いましたが……。でも今では慣れてしまって、シンプルな生き方が美しいと感じるし、光の描写が巧みで考え抜かれた画面構成だと思うし、とにかく読んでいると心地よくて、ほんのり幸せになります。
ただ夜会のシーンはあまりに現実味がなくて苦手だったので、4巻以降、特に5巻が好きでした。

以下ネタバレありです。
[adchord] 第26話
市江を慕う?いつもの女子高生グループの学校の先生がご来店。
何やら身辺整理をしているその人が頼んだのは、真っ黒なフォーマルワンピース。
シンプルなデザインということ以外はお任せで。今まで着る物なんて何でもよくて、仕立ても初めての贅沢で気が引けると。……どうもお祝い事ではなさそうな雰囲気。
仮縫いの日、いつもの直子ちゃんたちが市恵の家で卒業旅行の計画を立てています。
買いだめしておいたマフィン(コンビニの)を惜しみつつ、トングを使って大皿に盛り、おもてなしをする市恵が可愛い。こういう細かいところが池辺さんのまんがの魅力です。
ワンピースを試着した畑中先生はとても素敵で、「超まごにも衣装だよー」などとちょっと憎らしく絶賛する生徒たち。まだ未来への希望に溢れているこの子たち、先生の「最初で最後の贅沢ね」というつぶやきを聞き逃しません。
「まだ30代でしょーまだまだ人生これからじゃん」
「なんか今のとかー超ひくつっぽかったし」
市江がたしなめますが、先生はふふふと笑いをもらします。
「ほんとだ」
先生は10年間勤務した今の学校を辞めて実家に帰るんだって、結婚かな?と他愛ないお喋りをききながら、市恵はワンピースを見つめます。
後日、仕立て上がった真っ黒なワンピースには白いレースの付け襟が。
言葉もなく見とれる先生は、余計なことだったかも…という市江に、ワンピースから目を離さずにこたえます。
「すごくきれい」
先生はやはり、悲しく憂鬱な日に着ることを想定して仕立てを頼みに来ていたのですが、この美しい一着は、先生に今まで思ったこともなかった幸せな気持ちをもたらしてくれたのでした。
卒業式を終え、先生は実家に帰ります。大切な一張羅とともに、年老いた母親と最期の日々を過ごすために。
最終回に向けての重要なエピソードで、卒業式が出てきたのも嬉しかったです。

第27話
藤井さんがついにパリに旅立ってしまいます。
藤井さんは市江がその気になってくれないかと、パリの専門学校の本を見せたり頑張ってましたが……。
でも結婚して一緒に行くとかそういう話じゃないんですよね?そもそもパリ支店の閉店作業のために行くからいつ帰国になるかもわからないわけで。お金のことは誰も気にするそぶりもないからなんとかなるとしても、専門学校に行ってどうするの?二人で住むの?ただ離れるのがいやで、一緒に素晴らしいものを見て回りたいだけなの?藤井さんちって南家以上にフリーダムなんだから婿に入ればいいことだし……市江も少しは見聞を広めるために行きたいなら行ってくれば。
と、おばちゃんはぐるぐる考えてしまうんですが。
仕上がったコートに藤井さんが頬を染めてにやけてるのが可愛い。
市江も藤井さんの最高の幸福を願うなら、それが何なのかもっと考えてあげて……と思うけど、自分の道を貫くのが2人のそれぞれの幸せなのかなー。切ない。
藤井さんはわざわざ取り寄せた仕立て専門学校の入学案内のパンフレットを、市江に渡すことはしませんでした。
ただパリでの連絡先を書いたメモを渡します。
「もし何か…」
とためらいがちな藤井さんですが、
「電話…。電話、してもいいですか」一心にメモを見つめて市江は問います。
「藤井さんの声を聞きたくなったら」と。
ちょっとびっくりしました!まさか市江がこんなことを言うとは思ってなかったので。藤井が片手で渡したメモを、市江は大切に両手で持っています。
「もちろんです、いつでも。待ってますから」
うーん結局なんだか2人が深く愛し合っているのがわかったんですが、なんで恋人同士にならないのかわからない。婚約とかすればいいんじゃない?もう籍入れたら?っていうのは情緒がなさすぎですか?

第28話
ここへ来て市江のおばあちゃんの妹の那津ばあちゃんが登場です。
NYでダンスで生計を立てている自由な女性です。
年を取ってダンサーの仕事が減り、苦労している一面を見て、市江はおばあちゃんがしていたように、那津のための服を仕立てます。
「自分のために服を仕立てて、自分のための服を着て」
自分のしたいように生きるんだよ。
妹の那津にいつもそう言っていたというおばあちゃん。
那津が去った後、多分今までで一番市江のこころに迷いが生じた瞬間。
市江は受話器を取ります。虚しく鳴り続ける呼び出し音。そこへ広江が声をかけます。
「藤井さんから荷物届いたよー」
かなりドラマチックで、市江の人生における分岐点というべき内容なんですが、感情の流出も、モノローグも、それどころか表情もわずかな変化しかないので、それこそが持ち味とわかって読んでいても、かなりもどかしいのですが。
藤井の荷物をガバッと抱え、無言で二階に駆け上がる市江の翻るスカート。
白ご飯の美味しい炊き方を習ってきた時も思ったけれど、市江って時々ものすごく素直で、一途な女性なんですよね。感動すら覚えます。
パリから届いたのは、一枚のワンピース。市江に似合うと、藤井が特に魅かれて選んだものでした。

最終話
藤井の手紙でパリに行ってみたい気持ちが膨らんだのか、市江はパリの本など買い求めて読んでいますが、読みながら居眠りしています。
そんなところに、藤井の元上司の巽さんが仕事の話で訪ねてきます。8話に出てきた方ですね。
内容は年4回のブラックドレス展に参加してくれないかというかなり大きいもので、企画も規模も、仕立て屋を続けて行くなら、市江にとっては願ってもない話なのでした。
ここでついに広江さんが核心をついてくれます。
「市江……、本当は藤井さんとこに行きたいんじゃないのかい」
「人生にはね、いっときの感情にゆだねたほうがいいときだって…」
でもこれ、いつもの母娘の食事時に話してたので、市江はごちそうさまと席をたってしまいます。
市江も無表情の裏で色々考えているらしく、藤井に電話をかけますが……今回もつながりません。
迷いつつ丸福へ行き、件の企画についてのアルバムを見せてもらったり、広江さんの思い出話を聞くうちに……でも多分、企画を持ちかけられた時から、市江は参加したくてたまらなかったのではないかと思います。
この仕事を引き受けること、南洋裁店の主人としてここに留まり続けることを、市江は手紙で藤井に告げます。
広江さんだけでなく、藤井の妹で恋愛至上主義の志伸ちゃんも、ちょっとしたお節介をやきに南を訪れましたが、お客とやり取りする市江を前に結局挫折。
でも市江は志伸に写真を撮ってくれるように頼みます。
藤井の贈ってくれたワンピースを身につけた自分の写真を、お礼に送りたいからと。
複雑な気持ちでカメラを構える志伸ちゃんです。仕立て屋の市江さんに洋服の贈り物って、特別感がなかったかもよ、お兄ちゃん、と。
何しろ市江は何も特別なことのない日にこの服を着て、普段通りに接客をし、畳に膝をついて直子と洋裁談義をしていたのですから。
けれど、28話で学校で着る服を破ってしまった小さいお客さんと、市江はこんな会話をしています。
「市江姉の服いつもかわいいーいいなー自分の服好きに作れて」
かわいい?
うん、ふくが
「私のはキャンセルの入ったオーダー品だったり、お客様のご注文の練習用に作ったものばかりよ。自分のためには作ったことないかも」
えーあわれー
あわれ?
「」外のは書き文字でのやり取りなんだけど、ここの4コマかーわーいーい!
それに26話では畑中先生がこう言っていました。
「洋服でこんなに幸せな気持ちになれるなんて、全然知らなかった」
……シャッターを押した志伸ちゃんは、思い返します。そうでもないかと。
背筋を伸ばし誇らしげに顔を上げ、写真に納まった後、市江は上気したほおで目を伏せます。
この洋服は、市江にもっとも相応しい贈り物だったんですね。
パリの藤井はというと、その洋服を手に入れた例の洋裁店で、店主の老婆に不思議と藤井と市江の人生を見透かしたような、決意を促すような言葉をかけられます。
でも物語はこれで終わりです。
ラストシーンはミシンと市江の作ったブラックドレスでした。

エピローグは初出がなかったので書き下ろし?
それと映画繕い裁つ人に向けてという題の短いもの。
それから最終話より以前に描かれた番外編。……どうしてこれが番外編なの?って思うけど、確かに流れ的に本編に入ってたら興ざめかも?ただ本編を読み終わってから読むと、いつになるやらだけど、きっとそんな未来もあるんだろうなって、ホッとしました。

6巻まで読み続けて、初読では正直拍子抜けだったんで、長いこと感想も書かず放置していたんですが、こうして読み直してみると、納得のいくいい最終回でした。脇役もほんと味があって可愛い人が多くて、いい作品でした。

プリンセスメゾンの感想はこちら

最新情報をチェックしよう!